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 むかしの おしのさん家

私とは、むかしのおしの農場で育ち、山辺へと嫁いだ今も、ちょこちょことやってくる鈴木(和幸の妹)です。

■ 屋号はマルトモでした。
 おしの農場の初代は祖父の友多おじいさんでした。二代目は父の友一、和幸は三代目となりますが、その妹は友子と名付けられました。
 どうしてをムスメに付けちゃったんでしょうねぇ。なんだかムスメの私も、その子にの字を名付けないといけないような気がしてくるではないですか!
 とはいえ、別の家に嫁いだ身ですし・・・、友の名は三代までとなりました。一応謝っておこうかな。ごめんね。

■ もんぺ、知ってますか?
 今は教科書などで知るのかもしれませんね。祖母はもんぺがベーシックスタイルでした。ワンピースは1,2枚あったんじゃないかな。よそゆきですね。
 もんぺって、袴のすそを絞ったような形です。「おしん」なんかで出てきます。上は着物だったんじゃないかな・・・。丈の短い。
 祖父は、ふんどしですよ。そういう意味では、祖母は腰巻でしたね。しかもパンツ(アンダーウェアです)のことはさるまだ(猿股)と呼びました。コレ、ジョーシキです。
 夏の夜は、蚊帳(トトロにも出てましたね)をはって、蚊取り線香をつけて寝てました。懐かしいなぁ。蚊帳の中の布団の上で遊ぶのがおもしろくてね。毎晩のように怒られたものでした。

■ パンを食べるのは裏切り行為?
 今はもう閉めてしまわれましたが、以前は家のお隣は、日用品やお菓子などを扱うお店でした。
 子供だった私にとって、そこは夢のワンダーランドです。お菓子もアイスも当てくじもあるのです!
 ある日そのお店にガラスの小ケースが入り、そこには袋入りのパンが並びました。これは食べたい!しかし自分のおこづかいで買うには少々物が大きかった・・・。
 そこでおそらく、私は買ってとか食べたいとか言ったのでしょう。そんな私に家族は言ったのです。「パンなんか買って食べるのはよくない。農家の者がパンを食べるなんてどうかしている。」
 今思うと、何言ってんですかという感じですが、当時も農業は大変で、必死に働いていたのでしょう。
 今まであまり市場に出なかったパンが出回り始めて、不安もあったんでしょうねぇ。大きくなるまで、なんとなくパンを食べるのは後ろめたかったものです。




               
  
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